AIの発展が目覚ましい。という書き出しで始めてみるけど、幼少の頃からITとかテクノロジーといったものに異様に興味を惹かれる
小学生の時に家にPCが来てからというもの、その奥深さとか何でもありな世界にどっぷり浸かってしまって1日12時間とかPC触ってる子供だった。
レンタルサーバー借りてホームページ作ったりとかHTML書いてみたりとか、好奇心でずっとその世界に触れてたな。
これはまた別の記事として書こうと思ってるが、そもそもの思想としてミニマリストになりたい自分がいる。実態はその真逆を行っててなれる気が全くしないけど。
そしてミニマリストになろうにもこのネット社会・テクノロジー社会で最小限の持ち物で生きるには結局スマホだのタブレットだのは必須だ。DAWとか動画編集もしないといけないし。
自分みたいに楽器なりカメラなりをよく触る人間に取ってはその機材自体もどうにも手放せないものだったりする
一方で、テクノロジーの進化に合わせて機材自体が小型化しているのも事実。 スマホのカメラなんて、あの筐体の小ささに対して動画や写真のクオリティはもの凄い。
つい欲が出てこれ以上を求めてしまう部分もあるけど、それを実現させるとしたらレンズやセンサーを大きくしなきゃいけないだろうし、そうなるとスマートフォンとしてのサイズを逸脱してしまう。
「小さいけど最大のものを生み出す」ということに関しては、今が現テクノロジーの最高到達点なんだろうな、とも思う。ここから更に小さくするかクオリティーを上げる、でいくと実現はするかもしれないけどまだ何年かはかかるんじゃないかなと
そんな、最小で最大を生み出すものを支えているのがテクノロジー。だからガジェットには惹かれるし楽器もカメラも、基本的には「小さければ小さいほど、軽ければ軽いほど良いじゃん」と短絡的に思ってしまう。これ1つ、って言うのとこれがあれば無敵みたいな感覚が欲しいのかな。重いと持ち出さないし使うこと自体が億劫になる。
物ぐさで甲斐性なしな自分を支えてくれてるのが昨今のガジェットだったりテクノロジーだったりするわけです。楽器も例えばアコギなんかはもうミニサイズのものしかほとんど使ってないな。小さくて軽いは正義。
映像や写真周りの撮影機材に関して言うと、あともう一歩だけ進化してくれたら一気に手元の機材手放せるのにな、と思わないでもない。
大きすぎないサイズで1インチセンサー+F1.2のレンズ搭載のスマホとか、フォーサーズセンサーでF1.7のアクションカムかジンバル搭載のカメラが出たらさすがにそれ買って他の機材は売るかも。画角は換算35mm固定でどうでしょうかDJIさん。是非お願いします
そしてAI。AIは単純に触るだけで面白いし好奇心を掻き立ててくれるものだなと思う。
著作権云々問題になってたりするけど使い方次第アイデア次第なところはあるよね、と思いつつ自分みたいに歌詞書いて作曲してレコーディングしてって人間に取っては「これAI使ってないです。1から作りました。」と証明するのが難しい世の中にもなった。
それに対してはアナログに取り組んでることとかその過程なんかをある種の証左みたいな意味を含んででも発信していかなきゃいけないんだろうなとも思う
今のところはテクノロジーの発展やスマホの普及、AIの台頭の恩恵を感じる瞬間の方が多いしだいぶそれに助けられてる側の人間な自覚はある
このホームページも、ふと思い立ってAIに手伝って貰いながら1から構築したしね。ブログというか、文章をアウトプットしておける場所が欲しかったのでホームページごと作りました
まあでもAIに関しては取り扱い難しいところもあるしクリエーターに取っては毒にも薬にもなるから慎重に向き合わなければとはずっと思っている。
シンプルにそれがあることへの楽しさは感じてはいるんだけど自分の血肉が通ってるもの、痛みを伴って生み出したものに関しては「自分の子です!」ってちゃんと言っていきたいよね